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第@回 六寸の金針で瘰癧を治療する。
注意
(現在に於いては瘰癧は結核であるので、医療機関を受診するように指導する。)
瘰癧(るいれき)とは、またの名を頚部リンパ結核という。この治療方法は王楽亭の漢文(国語)の先生の喬書閣から口伝えで伝わったものである。この喬書閣先生の祖父は清代に河北省の香河県の監獄の獄官をしていた。ある時、一人の南方人が犯罪を犯して刑罰を受けて三年間の禁固刑に服していた。獄吏の喬先生の祖父はその犯人の面倒をよくみたので、この犯人が刑期を満了し出獄するまさにその時に、喬先生の祖父に対してこう云った。
「あんたには非常に世話になった。恩がある。しかし、いま私は一文無しで今その恩に報いることができない。私に今できる只一つの事は、家伝の六寸の金針のことをあなたにお伝えする事しかありません。つまり、この方法を使えば、瘰癧るいれき(結核の一種。頚部リンパ結核)で大きな火山の噴火口のようなものができた首)を専門に治療することができるのです。これは薬の治療を必要とせず、全快するものです。」これが一つの埋もれていた鍼灸秘伝が公開され偉大な治療法となった瞬間であった。
王楽亭は、二十数歳の時、この喬先生のところで漢文を学習していた。喬先生の一人の友人が首飾り等を扱う宝飾店で仕事をしていた時、まさにその瘰癧の鼠瘡を患った。喬先生は友人にこう云った。「私は、鍼灸の家伝の三代目である。この症状に関しては、ひとつの針の方法がある。しかし、三代目の私は針を全くしたことがない。しかしここに一対の六寸の銀針がある。弟子の王楽亭にそれを刺させるので、私はその横で刺すことを指導し治療しましょう。」
王楽亭が喬先生の指導下でこのようなはり治療を数回行った後、瘰癧が治癒した。これには、さすがの王楽亭も凄い興味を持った。この時から、次々に患者が彼を訪れるため瘰癧鼠瘡を治療する義務が始まったのである。治療を求めてくる者は、どんどん増えて治癒する者も更に多かった。その後にまた、陳粛卿先生について針灸を実習した。針灸の術を受け継ぎ、内経、難経など針灸の教典を読み、理論と実践が結合するようになった。この針術は、針の道具に改良が加えられるに従って、銀針は金針へと変わった。というのも、金は弾力性が大きく柔らかくて入りやすい。それは患者の苦痛を軽くしする。また患者の信仰を集めるものでもある。それで六寸の金針に変えた。瘰癧鼠瘡を治療する由来である。
このように若い王楽亭はある程度の臨床経験があった。
しかしそう長くは無い時間がすぎると彼は北京での生活を考え始めていた。つまり栄宝斎の生徒となったのである。それでも暇な時間6寸の銀針で人々の病気を治療していた。その頃はまだ治療できる病気の種類も「瘰癧るいれき」だけに限られていた。その後に又中国大学の試験を受けて入学しそこで勉強した。余った時間はこれ又、病気の治療に専念したが、結局2年大学で勉強をして卒業はあきらめてしまった。当時彼は大学を卒業しても具体的仕事の道はなく、それに比べて、6寸の銀針は大変多くの病人の苦痛を取り除くことができたのである。このように彼は大学へ行く道を放棄し鍼灸の名士である陳粛卿(ちんしゅくきょう)を師匠と仰ぎ、先生として正式に鍼灸の道へとその一歩を踏み出したわけである。彼、王楽亭は6寸の銀針は一種類の病気だけを治療できるだけでなく系統的に鍼灸の理論と経験を学習することで初めて多くの疾病を治療できると考えていた。彼の鍼灸の先生の陳粛卿の家は鍼灸医家の一族で彼はその二代目だった。父親の陳丹仙(ちんたんせん・多くの彼の患者は尊敬を込めて陳半仙・半分仙人の陳先生と呼んだ。)は鍼灸の技は超技巧的でその治病による名声は北京中にとどろき渡っていた。2代目の陳粛卿の時代になるとその鍼灸の水準も中薬を同時に処方することにより、さらに広範囲の疾病を治療できるようになっていたので彼王楽亭の疾病を捉える目も大きく見開かれ学識も技術も日に日に増進していった。
第A回 六寸の金針で瘰癧を治療する。
古代賢者が残した経典の概術
瘰癧を現代医学では、頸部リンパ結核、あるいは結核性頸部リンパ腺炎という。これは、よく診られる病気の一つである。中西医はそれぞれの治療法をもっているが、根治するのは難しい。中医学の中でこの症状の記載は比較的詳しく、例えば『霊枢の寒熱篇』曰く「寒熱瘰癧在於頸腋者・・・・・・此皆鼠瘻寒熱之毒気也、留於脉而不去者也。」(寒熱のある瘰癧が頸部や腋窩部にあるもの、これは皆、鼠痿寒熱の毒気である。脉に留まり動かないものである。)
鼠瘻の本質はすべて臓にある。その末枝が、頚や腋窩に出たものである。『千金要方』には、まず瘰癧が出来て、ついには膿が漏れる瘻管が形成されるという説がある。また『医宗金鑑』には、湿、痰、気、及び久病で治らなくて至陰に至ったもの。それらが蔵されて、労(肺結核、及び癌)となるという説がある。古代人のこの疾病に対する病因、部位、予後について論述されたものは、相当詳しいものがある。その病の根元を極め、痰湿熱毒結聚の実証と陰虚、痰火凝結、津液不布の虚証の二種類がある。
症状 発病の初期には多くの患者には、違和感がある。ただ、頸部、あるいは腋窩部に一、二個の硬結が出現する。股関節部にも小さな硬結が出現する。皮膚の色は正常である。病が発展して行くに従って、硬結は塊となり、あるいは塊が連結し、あるいは寒熱を伴ったり心臓部や前胸部が悶々と塞がった感じがある。呼吸は浅く激しい。食欲はなく、睡眠は浅く、全身は無力で、生の冷たい物を好んで食べる。大便は秘結し、小便は黄色で赤である。舌苔黄厚膩。脉、滑数、実証。例えば、顔面が蒼白に見えて、悪寒がして力がない。便溏で、尿は頻数。舌苔薄白、舌質淡。脉、虚、浮、緩、或いは沈細の者を虚証とする。
初期の瘰癧は、小さくて数が少ない。病人の多くは自覚していない。しかし、徐々に大きくなり数も増える。小さいものは、例えば豆のようなものからさんざしの様な大きさ。
大きいものは すもものようなクルミのような大きさである。これらは日が長くなると、赤く腫れて潰れる。膿がぽたぽた漏れだして、内側には瘻管を形成する。長い間治療しても遅々として完治しない。それら連絡しあい、また新しいのが起こったり破れたり、段々と胸部、腋窩部に蔓延しだす。ついには瘡洞が累々として、それらが潰れて塞がれず、瘡口が落ち込み、膿血を垂れ流し、声は低く気は怯え、ここに至ってすでに瘡瘻の症状が完結するである。おそらく難治である。
一、治療方法
六寸の金針を横刺して用いる。曲池から上に向けて臂臑穴に透刺して用いる。右が患側ならば、左に刺す。左が患側ならば、右に刺す。或いは左右両側に刺す。
施術。患者を椅子に座らせて、肘を曲げ両手で腕組みをし、肘と肩を持ち上げて上腕を水平にする。術者は左手で押し手をして、気を散じさせる。そのうえで、穴位に対してアルコールで消毒する。右手で針を持ち、上腕に水平に素早く皮下に刺針する。左手で針尖部を探る。直接、臂臑穴に到達する。横刺は皮下のすぐ下にする。
手技 実証は、核が硬くて動かないもの、赤く腫れて痛みがあるものはこれを瀉す。虚証あるいは潰瘍が破れたものは補法を使う。念針で補瀉手法を用いて、その方向は毫鍼と同じである。その後で、親指の爪の先で針柄の巻き金の部分を擦る(用いているのが中国針の場合だけ)。それからまた捻転する。捻転して動かなくなるまでする。
二、補助治療
1、火針 病気になってから久しいもの、長い治療を経ており結核が消えるのが遅いものは火針を使う。或いは結核がすでに赤い腫れが現れ、潰瘍を形成する勢いのあるものは、自ら破れることをさせず火針を用いて排膿する。それによって瘡の口が自ら潰れるのを免れ、収斂できなくなることを予防する。
火針の施術 まず刺す部位を消毒した後に、術者の左母指、食指の二つの指で、結核を動かない様に固定してから、右手で針を持つ。そして、アルコールランプで針体を真っ赤に焼き上げる。その後に、結核の中心の三分の二の深さまで入れ、単刺する。針の多少は、瘰癧の大小によって決める。例えば、火針により排膿して刺した後に膿血を絞り出して、消毒したガーゼを敷き、傷口を覆う。これにより感染を防ぐ。
2、直接灸を肘尖穴に毎回5〜7壮する。これはその核の部分を消失させるために行う。あるいは、瘡口部を収めさせることが早くなる。
3、毫鍼で結核の上を刺す。それらは結核が硬く堅固で消えにくいものに用いる。
注意
この補助治療は日本では外科医が行う手技で鍼灸師はできない。
(五) 上気道感染(感冒、流感)等の治療。
感冒は風邪が人体に侵入し、鼻詰、鼻水、くしゃみ、頭痛、悪寒、発熱、全身の不快感を主な臨床症状とする外感病である。邪気を感じる性質と臨床症状の違いによって「風寒」と「風熱」の2種類に大別する。それに「挟湿」と「挟気滞」等の兼証も診られる。さらに「虚証感冒」もある。症状によってその軽重があり、軽い者は一般的に「傷風」と呼ばれる。また症状の重い者で且つ一時期に広範な地域で流行するもの(インフルエンザ等)は「時行感冒」と呼ぶ。現代西洋医学では「上気道感染」は感冒の範疇である。
辨証施治
1風寒感冒
悪寒が無く発熱が軽い、無汗で頭痛がある。四肢の関節がだるく痛い、鼻詰まり、声は低く時々透明な鼻水が出る。喉がむず痒く咳漱をする。痰は薄く色は白い。口は渇かず渇いても熱い飲み物を欲する。
舌苔 薄白、潤。 脈 浮 或いは 浮緊 である。
◎もし頭が重く体が怠く、胸がムカムカし吐き気がある。食欲が無く下痢して
舌苔が 薄膩の者は「風寒 挟湿」の証である。
◎また胸がムカムカし気持ち悪く、酷い者は悸肋部が痛み、脈が 弦緊の者は
「風寒 挟気滞」である。
◎全身の倦怠感と無力感、呼吸が浅くうわごとを言う汗がたらたら流れる等で
舌淡で苔白、 脈 浮無力、何度も繰り返し患いいつまでたっても治らない者は
「風寒虚証」である。
治則 去風散寒
治法 手の陽明経、太陰と足太陽の経穴を主とする。針は補法、灸を加えてもよい。
処方 列缺、合谷、風池、後谿、大椎、風門
人中、外関、足三里、曲池、三陰交、
随証加減 風寒挟湿の場合は陰陵泉と尺沢を加える。風寒挟気滞の場合は、肝兪、陰陵泉をとる。気虚で感風寒の場合は膏肓、足三里を加える。
背部痛や身体の痛みには肺兪、風門、大杼に抜缶を行う。或いは「推火抜缶」を大椎から下に向かって滑らす。そして又下から上に大椎に向け滑らす。最後は肺兪に20分から30分間そのまま置いておく。
