中医勉強会 中医文献講読会
(中医のカルテ、病歴を読む会)
会員募集

開催場所 この鳥居をちょっと坂を
下がった左の会館の二階です。
阪急神戸線六甲駅、東海道線 JR六甲道駅からそれぞれ徒歩3分。
新幹線 新神戸駅からタクシーで10分¥1500位。
新神戸駅付近、布引バス停(新神戸医療ゾーンの付近)
から92系統石屋川車庫行きのバスで日尾町下車。15分。
神戸市灘区森後町3-5-23
六甲宮前商店街会館2階
(かだどう針灸院南の赤鳥居を南へ20m下がり左手。)
連絡
かだどう針灸院 078-843-2511
入会金 会費 すべて無料

○ 会の成り立ちとその目的、今後の展望
そもそも本会の成り立ちは主催者、今村隆が北京中医薬大学留学から帰国後に設立した私的勉強会です。その目的は中国語の中医関係出版物を原文で読める臨床家を養成するというものです。今後の展望としては、一層会を発展させ、東西医学を問わず、日本における中医薬文献を読める偉大な臨床家の輩出に貢献したいと考えています。
○具体的活動内容
日時毎月第3土曜日(場所は電話で確認の事)
講師 今村隆(神針) 針灸師 略歴
1988~1991 大阪駅前アクティビル内アクティ大阪クリニック
厚労省直轄(財)関西労働保健協会の付属診療所で
鍼灸外来勤務。のべ30000人程度の
座骨神経痛、五十肩、変形性膝関節症、
各種難病や整形外科疾患など多くの患者さんを治療する。
1991~1994 日本国文部科学省の推薦により中華人民共和国国費留学
生として北京中医薬大学に国費留学鍼灸学、中医内科
を専攻 北京市朝陽区和平街北口11に転居。
一年目は「中医基礎理論」「経絡学」「兪穴学」等の座学
1992~1994 北京中医薬大学附属東直門医院、内科、鍼灸科研修。
姜揖君先生、楊甲三先生に針灸外来で治療を学ぶ。
併せて王子瑜先生に婦人科、呂仁和先生に泌尿器科、
田徳禄先生に胃腸科を学ぶ。
1994~1995 北京中医薬大学非常勤教師。中国の中医に
日本語教師として日本語を中国語で教える。
1995年 10月 松本病院院長の招へいにより、金木犀の香りの頃
北京から尾道に住居を移す。
1996~1997 広島県松本病院に針灸勤務、外来と病棟の鍼治療を担当。
多くの癌患者や脳塞栓や梗塞、椎間板ヘルニア、
頸椎症の治療にあたる。
1996~ 同時に神戸御影に「華佗堂かだどう針灸院」
を開設。中医薬大学の教科書の五版教材中で、
針灸に関係する教科書を翻訳するという
プロジェクトを浅野周氏と立ち上げる。
2000年 9月 国連の機関、WHO世界保健機構
の伝統医学神戸シンポジウムに参加。
2002年 3月 谷口書店から「腧穴学ゆけつがく」五版教材
(中医薬大学本科生の中国全土の統一教科書)
を翻訳出版する。
2002年 前後 中医のカルテの勉強会
「中医文献講読会」を立ち上げる。
2008年 9月 「癒しのこれまでとこれから」
~日本における統合医療の展望~
ポートピアホールにて
中医学パネリストとして参加。
2009年 6月 谷口書店から 著作「中国針灸秘訣集」を出版。
2010年 6月 3冊目の翻訳著作 「金針王楽亭」を完訳。
生薬や針灸など世界伝統医学の世界の中心は現在中国にあります。(日本人としては非常に残念ですが、これが現実です。国家予算には勝てません。今後は韓国、香港、台湾、日本になるかもしれませんが今後の各国の努力にもよります。)
したがってアメリカ、ロシア、イギリス、ドイツ、フランス等の鍼灸師、医師は多くの人が北京、上海、天津などのトレーニングセンターで勉強するために集まってきています。中医は国家中医薬管理局が国家政策として莫大な国家予算を投入して推進する医療政策の中心分野です。WHOの中医認定も中医薬大学で中国語を共通語として行われています。全国中医医院の針灸や中薬の臨床治験は膨大な量であり、当会はこれを辞書をひきひきでも理解できる様になるための集まりです。世界の針灸、中医を目標として、井の中の蛙かわずを脱却し世界という大空に羽ばたこう。
塾代表 今村隆
於書荘、楊甲三、劉冠軍、呂景山、張吉、宋正廉、陳子富、賀普仁、など現在では手に入らない針灸老中医の非常に貴重なカルテ集(辨証配穴、特効穴の記載あり)を講読しています。
これらは針灸関係のカルテではあるが中医の辨証論治の用語は方剤も針灸も同じであるので針灸のカルテが読めれば中医内科のカルテも読めるようになるというわけです。
前回は春の風邪ということで
「眩暈の辨証施治、病因病機、針灸治療」を行いました。次回はカルテに戻ります。
新規参加者を振るって募集します。
読むのは針灸のカルテと治療学ですが2年皆勤で通うとかなり正確に中医内科でもその病名からカルテの治療法まで現代中国語で書かれた色々な老中医のカルテ用語が理解できるようになります。原則的に中医学のカルテを学ぼうとする人なら医師、治療家や気功家、薬剤師、針灸師、看護師や栄養士誰でも参加できます。大きな家族の様な笑いも含め楽しくやっています。今は看護師、針灸師、医師、推拿治療家の方などが来られています。
講読会の後、簡単なビール会と茶話会があります。当会は単純に中医学や鍼灸の学術の向上を目的としています。したがって入会費及び会費は全額無料です。
講読カルテの紹介
勤求古訓、博採聚方
古典を探し求め衆方つまり色んなカルテを博く採用する
於致順カルテ
於致順、男、1931年生、遼寧省大連の人、1949年大連医学院を卒業、1956年から1959年まで天津中医研究班で中医を学習、1959年から黒竜江中医学院にて鍼灸の臨床、教育、科学的研究の仕事に従事。
於致順は鍼灸の臨床では中風、痺証、頭痛及び神経科の疑難症の治療を得意としていた。
1959年以来発表した論文は30余編。編集に参加したもしくは筆頭編集者として書いた講義や専門著作は9部にのぼる。その中には「兪穴学講義」「簡明時間針法」「鍼灸配方概論」等がある。「頭部の兪穴で中風を治療した偏癱穴位の特異性の研究」という論文は黒竜江省政府1984年科学技術省の三等賞を受賞した。「頭穴治療中風の臨床研究」は1988年黒竜江省中医管理局の科学技術進歩賞の三等賞を受賞した。「針刺家兎足三里捻転強度の小腸運動に対する影響。」は黒竜江省衛生庁、省医学科学院の1980年科学的成果の三等賞の鑑定を得る。
於致順は現在黒竜江中医学院の鍼灸系の主任、黒竜江中医学院の鍼灸研究所所長、中国鍼灸学会理事、黒竜江省鍼灸学会副会長中国針法灸法研究会理事、東北鍼灸経絡研究会理事、中国鍼灸学会兪穴研究会頭穴組組長、黒竜江省職称評審委員会中医組成員、黒竜江中医学院学術委員会、学位委員会委員、教授、主任医師医学修士と博士等の研究生の導師。
カルテ選定
例1遺尿(自動性神経因性膀胱)
陳×、男、学生。1988年10月18日初診。
主訴、尿失禁月余。
病歴、患者は一ヶ月前に遊んでいるとき、不注意から高いところから尻餅を着いて落ちた。即日にハルビン市第一病院でX線検査を経た後の診断名は「尾骨骨折」、とあり、すぐに入院して治療が行われた。しかし入院後すぐ尿失禁が発生した。神経内科の回診が要請され診断名は自動性神経因性膀胱とされた。中薬を20余剤服用したが効果がはっきりしないまま一ヶ月後には骨折が癒合して退院した。尿失禁は未だはっきりとした好転が見られないので我が病院の鍼灸科の治療が要請された。
検査、滴尿が止まらない。顔面は病的に白い、神気は虚弱で腰膝は怠く力無い。膀胱はいっぱいで、手で押さえると膀胱から尿が流出する状態。馬鞍部の痛覚は減退している。舌質の色は淡、見脉は沈細。
診断、 遺尿(自動性神経因性膀胱)。腎気不足型。
治療、温補腎陽、 固摂下元
取穴、関元、中極、腎兪、膀胱兪、陰陵泉。
操作、捻転補法を用い30分間置鍼し棒灸を併用し患者が耐えうる程度の温度を適温として用いる。10回を1クールとして3日に一度の治療とする。更に次のクールも治療を継続する。針刺時の要求は必ず得気する事を旨とすべし。
患者の針感は強烈にする、怠く脹った感じで膀胱に向かって放散する。施灸時は小腹部(膀胱区)に熱脹感が有る事。第一クール以後、患者には尿意が現れた。又この後、連続で3クール治療した後、患者は全快した。
解説、患者は外傷の後下元を損傷した。それは腎と膀胱の気化の機能を狂わせ、下元の不固という状態にいたり本病が発病したのである。関元は任脉之穴位である。強壮、元気のの要穴である。腎兪は膀胱経の背部兪穴である。、関元を補して腎兪で腎気を充満させ古摂下元(膀胱から尿を漏れにくくする。)の作用を出すのである。中極は膀胱経の募穴である。膀胱兪は背部兪穴である。この2穴を補するのは「兪募配穴法」であり用いると膀胱を興奮させる機能がある。針を三陰交にすると足の三陰の経絡の気を調整する作用がある。患者は腎陽不足の証であるので針は補法を用いる。併せて棒灸を用い助温腎壮陽の効果があげ、鍼治療の効果を更に増加させることが出来鍼灸併用で且つとても良い効果を上げることが出来る。
と言う感じで。中国の貴重な老中医針灸カルテを講読しています。参加無料。
(当会は向上心と熱意のある方だけに無償で勉強会を主催している関係上、連続三回の不参加、
又は連続3回30分以上の遅刻の場合は「中文献」を自動的かつ機械的に退会とします。
その他、退会、復会は代表の権限で随時、決定します。)